保険や年金はどう生まれた?社会保障制度の歴史

社会保険制度の歴史
社会保障制度は、産業革命をきっかけとして始まった所得格差を無くすための制度です。社会保障制度を成り立たせるためには、給付金や医療費負担のための財源が政府になければなりません。そのため、国民が自分たちの資産を少しずつ政府に渡し、税金や社会保障費の引き上げを受け入れることが前提になっています。私たちも日ごろお世話になっている社会保障制度は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?

目次

  1. 【1】社会保障制度の始まりはヨーロッパから

  2. 【2】労働者層を救った革命家、マルクス

  3. 【3】もう一人の功労者、鉄血宰相のビスマルク

  4. 【4】大恐慌で失業者急増!福祉国家の対応は?

  5. 【5】アメリカ型政策とイギリス型政策

  6. 【6】新たな危機と福祉国家の再建

  7. 【7】日本における社会保障制度

  8. 【8】まとめ

社会保障制度の始まりはヨーロッパから

18世紀後半、イギリスでの産業革命が起き、産業資本主義の思想が生まれます。その結果、農業などで自給自足して暮らしていた人の多くは、雇用されて会社から支払われる給与で生活するようになりました。

ところが、自給自足の時と違って、会社が倒産したり解雇されたりすると一気に生活苦になってしまうことが問題になります。資本家に比べて立場が弱い労働者は、低賃金や長時間労働、不当な解雇などに悩まされるようになりました。

労働者層を救った革命家、マルクス

19世紀半ばになると、先の産業革命によって市民層・労働者層の声が大きくなったこともあり、誰かひとりの君主によって統治される君主制国家に対する反発も増えました。抑圧されてきた市民層が自由主義的な思想を打ち出して革命を起こし、絶対王政のウィーン体制を崩壊に導きます。

この革命に大きな影響を与えたのが、哲学者・思想家・経済学者と様々な顔を持つ革命家のひとり、マルクスです。

マルクスは『共産党宣言』という小冊子を出版し、その中で、絶対王政を解体し、立憲君主制や共和制といった資産階級の権力を制限するような政体にすべきだと唱えました。加えて、共産主義思想を取り入れ、資本を社会全体の共同財産とすることで、資本を生み続けるだけの労働者層(プロレタリアート)とその資本で贅沢をする資産階級(ブルジョワジー)の格差をなくし、労働者層の権利を取り戻すというような内容を書きました。

そしてマルクスは、『共産党宣言』の出版と同時期に、労働者層の貧困を解決するためにプロレタリア革命を提唱します。

革命運動によるウィーン体制の崩壊を目の当たりにし、これまで不動の権力を持っていた国家の統治者たちは自分たちの地位が脅かされていることを自覚します。そして、同じような革命が起きないように市民層・労働者層を重要視した政策を作る必要があると考えました。

もう一人の功労者、鉄血宰相のビスマルク

そしてもう一人、この時代の社会保障制度を振り返るうえで欠かせないのが「鉄血宰相」として有名なビスマルクです。

ビスマルクのいた当時のドイツ連邦でも、各国君主に反発する市民層の自由主義運動が盛んになっていたため、ドイツを統一し、君主制ではなく共和制にしてはどうかと論議が交わされました。しかし、外交政治家だったビスマルクは、あえて共和制にしないままドイツ帝国を成立させます。

大胆な手段をとったビスマルクは、その後、「社会主義者鎮圧法」によって革命運動を抑えつつ、「社会政策(医療保険法、災害保険法、養老保険法の三つ)」によって労働者層の保護を進める手腕を発揮し、根本的な原因だった階級格差の問題を解決に導きました。この社会政策こそが、当時世界でも最先端である「全国民強制加入の社会保険制度」の始まりとされています。

大恐慌で失業者急増!福祉国家の対応は?

社会保障制度の歴史

産業革命の影響がヨーロッパ諸国に行き渡り、経済も拡大してきた時代。そんな時、1929年にアメリカで大恐慌が起こりました。

大恐慌による失業者急増問題を受け、当時のアメリカ大統領であったルーズベルトは「ニューディール政策」という一連の政策を打ち出します。

内容は様々で、労働者の最低賃金や権利を保障する全国産業復興法・ワグナー法の制定、余ってしまった生産物を政府が買い上げることで農産物価格を安定させる農業調整法の制定、失業者を大量雇用する公共事業の発足、同じく失業者の受け入れ先となる若年市民保全部隊の発足などが挙げられます。

そして、国民の要求により、この中に社会保障制度も組み込まれることとなりました。

ところが、ニューディール政策が開始すると同時に物価が上がったことが原因で、皮肉にも以前より生活に困窮する層が生まれてしまいます。これに対して、民間から運動が起こり制定されたのが「社会保障法」です。社会保障法には生活保護や失業保険、老齢年金などの制度が含まれており、無事広い層のカバーに成功しました。

アメリカ型政策とイギリス型政策

アメリカはもともと自由主義的思想によって開拓された国なので、ヨーロッパ諸国のような「共産革命を回避するための政府主体の社会保障」を積極的に行っていませんでした。大恐慌を機に社会保障制度が固められましたが、政府ではなく民間企業が原資を負担することが主流になっています。このような民間企業主体の考え方が、アメリカ型の社会保障政策です。

そして、アメリカがニューディール政策を打ち出したのと同時期に、イギリスでも失業者の増加が問題視されていました。当時のイギリス首相であったチャーチルは、1945年の終戦直後に、医療の国営(無料)化、雇用保険制度、救貧制度、国営住宅の設立といった社会保障制度の再構築を行い、政府が主導となって負担するイギリス型の社会保障政策を成立させました。「ゆりかごから墓場まで」という有名なフレーズは、この時生まれました。

イギリスのように、政府主導の社会保障制度を制定している国家のことを「福祉国家」といいます。第二次世界大戦の終戦後、前述のイギリスを筆頭とした西欧諸国では、貧富の差をなくした福祉国家を目指す政策が多く打ち出されました。

新たな危機と福祉国家の再建

第二次世界大戦後、ベビーブームによる労働力確保や工業の発展に支えられて社会保障制度に力を入れられるようになった先進国は、すべての人がともに生きる「ノーマライゼーション」を目指すということに落ち着きました。

しかし、福祉国家の発展に伴う社会保障費の増加が進む中、1970年代に二度のオイルショックが発生。経済成長は止まり、また失業者の増加が社会問題となりました。社会保障の支出増に対して、税金での収入は減る一方と、社会保障制度は突然窮地に立たされました。

この時期には、「社会保障による支援があることで、逆に労働意欲の低下を招いているのでは?」という意見も多くみられるようになりました。

このようなこともあり、1980年代には各国で福祉国家に関する見直しが行われます。イギリスではサッチャーによる国営事業の民営化や経済の規制緩和が、アメリカではレーガンによる減税や財政支出の削減が行われ、社会保障に対する政府の影響力を小さくする政策が各国で制定されることとなりました。

ところが、この時代にはすでに他国とのグローバルな外交を前提として経済が回っていたため、自国の政策を変えただけでは簡単に経済状況を好転させることはできませんでした。加えて、社会保障に対する政府の支援を減らしたことが災いし、ますます格差を広げるだけになってしまったそうです。

この流れを見て、1990年代には、自由主義でも社会民主主義でもない「第三の道」を模索する動きが見られるようになります。当時のイギリス首相であったブレアは、「福祉から就労へ」をスローガンに掲げ、職業訓練などの就労支援に着目した福祉国家の再建を目指しました。

こうして、見直しと実践を繰り返していきながら現在の社会保障制度が誕生しました。

日本における社会保障制度

日本では、戦前から軽工業の発展に伴って労働問題が発生していました。これに対して、医療保険制度、労働者を対象とした健康保険法、一部の労働者以外にも適応される旧国民健康保健法を順に制定しています。

昭和30年代には、高度経済成長による生活水準の向上のため、病気や老化による所得減少などの国民全般を対象とした保障が求められるようになりました。これを受けて、これまでは一部の職業や地域を対象としていた医療保険や年金を全国民が受けられるように改定し、国民皆保険・皆年金を実現しました。

昭和40年代に入ると、年金給付額の増加や老人医療費の無償化に加えて、家族を対象とする健康保険の給付額増加、児童手当法の制定と、より充実した社会保障を提供することができるようになりました。特に1973年は「福祉元年」と呼ばれるなど、目覚ましい成長を遂げています。

しかし、順調に福祉大国への道を歩んでいた日本に危機が訪れました。オイルショックにより、経済成長にブレーキがかかってしまったのです。

昭和50年代に入り、急ぎ足で制度の見直しが進みました。老人医療無料化政策を取りやめ、40歳以上の健康管理・病気の予防も含めた老人保健制度を制定。年金制度も見直し、基礎年金と厚生年金の二つを軸に構成しなおしました。2000年には介護保険制度が制定され、世間でも介護についての関心が高まりました。

まとめ

今になっても、日本ではオイルショックなどの経済危機をきっかけとする収入減と、それを考慮しない給付金の増加といった支出増に悩まされています。

今回ご紹介した社会保障制度は、現在深刻に議論が交わされている「2025年問題」に大きくかかわってきます。少子高齢化からくる財政・社会保障制度の崩壊が主軸となった2025年問題の恐ろしいところは、これが世界で前例のない事態だということです。

これから襲い来る社会保障制度の崩壊は、日本や世界にどんな変化をもたらすのでしょうか。

介護ぷらす

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